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2008年9月

2008年9月25日 (木)

負圧

無駄な力を抜くには、正しい姿勢をとる必要がある。
しかし、正しい姿勢をとろうとしても、凝って硬くなった筋肉や、間違った癖のついた軟骨で、骨が正しい位置になく、正しい姿勢を取ることができない。
だから、背骨を引き伸ばすようにしながら、少し無理にでも姿勢を正してみる。
すると、周辺の筋肉に、力のやり場を無くしたような感覚がある。

本来なら背骨が支えるべき重みを、筋肉が肩代わりして支えていた。
その状態が永く続くことで、力が入っていることさえ気付かなくなってしまう。
姿勢を矯正することで、筋肉がその役目から開放された。
しかし、力を入れていることが当たり前となってしまっているので、力のやり場が無くなったように感じてしまう。
そして、気を抜くとまた通常の状態、つまり力を入れた状態に戻そうとしてしまう。

このとき姿勢を矯正するために掛けた力を負圧と表現してみた。
姿勢を矯正するために、身体の中心近く、背骨の近くに掛けた力。
力を掛けることで、力が抜ける力。
負圧を掛けることで周辺の筋肉は緩んでいく。

これを、気付いたときに行うようにし、その状態で身体を揺さぶってみる等して、気長に身体に慣れさせていく。
そうすることで、凝りが緩和される。

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2008年9月24日 (水)

練習に対する心構え

木曜日からの風邪が治らぬまま、土曜日はソフトバレーの練習を迎えました。
先週の大会の結果を受けて、今後の練習に対する心構えについて、皆に話をすることにしていたので、37度ちょっとの熱が有る中、行って来ました。

今までは、良いプレー、良い試合が出来れば良しとしていたが、これからは、1日通じてよいプレー、良い試合が出来るようにしよう。
そのためには、常の練習から、試合の場面を想定して練習しましょう。
試合に負けたときの悔しさを持って、練習に臨みましょう。

といった内容を話しました。
スポーツをやってきな者から見れば、ごくごく当たり前のことなのですが、素人の集まりなので、言わなくてはならないようです。

その後は通常通り練習を行い、ゲームを6セットやって終了。
Bチームのまとまりが非常に良くなっている。

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2008年9月16日 (火)

ソフトバレーの大会

日曜日にO中にてソフトバレーの大会がありました。
参加チームは32チーム。
トリムⅠは16チーム。
2ブロックに分かれて、更に2つのグループに分かれて予選を3試合。
ブロック内のグループ同士で決定戦1試合を行いました。

我がBチームはBブロック1グループで、PU-B、IJJS、P-Aと予選を行いました。

まずPU-Bと試合。
どうもプレーがバタバタしていて、かみ合っていない。
非常に疲れたけどなんとか2-1で勝った。

2つ目は、IJJS。
この日最大の山と見て、試合前から皆に発破を掛けていたのが功を奏して、最初から良い立ち上がり。
ブロックが効果的に決まって、2-0で勝ちました。

予選最期はP-A。
先の試合に勝って、時間も空いてしまったので、気持ちが切れてしまったよう。
乗り切らないまま2-0で落としてしまいました。

皆落ち込んでいたのだけれど、セット率で辛くも1位に。

NSRC-Aとの決定戦では、持ち直して、2-0で勝利して、久々の優勝を勝ち取ることが出来ました。

2試合目、4試合目は非常に良い試合が出来たと思う。
優勝できたことも素直に喜びたい。
それと同時に、3試合目の不甲斐無さを忘れないでおきたい。

しかし、NSRC-Aの皆さんは凄い。
皆60以上と見受けられるのに、Bブロック2グループとは言え40以下のブロックで、1位決定戦に出てしまう若さ。
感服します。

さて、Aチームの結果は、Aブロック2グループで3位。
決定戦で練習試合でもお世話になっているBSと対戦し、惜しくも敗れてしまいました。

その後、子供と一緒に銭湯へ行った後に慰労会に出席。
2次会で例のごとくカラオケへ言ったのですが、STを捕まえて、ソフトバレーについて語りあっているうちに、2時間過ぎてました。
んで、打ちの車でSTとKMを送っていくことになったのだが、そのままCOCO'Sに移って、またソフトバレーについて語り合う。
ふと気付くと店内にホタルノヒカリが流れている。
約4時間語り通していました。

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2008年9月12日 (金)

宇嶺(うとうげ)の滝

夏の間に、川遊びのポイントを探索しがてら、宇嶺(うとうげ)の滝に行ってきました。

滝に行くには、道路脇にある石碑から伸びている小道を下りて行くのだが、子供を抱えながらなのでなかなかきつい。
途中滝を眺めながら下まで降りてみると、滝が見えない。
岩だらけの清流を上っていくと見えてくる。
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08160002






チェックした川遊びのポイントは2箇所。

1つは大井川の支流の伊久美川。
流れは余りきつくなく子供が遊んでも問題ない。
水深の深いところもあり、それなりに遊べそう。
ただし、川の水は余り綺麗ではない。
近くに農協の施設がある。

大きな地図で見る

もう1つは、瀬戸川の上流。
こちらはかなり上流のため、川の水は非常に綺麗。
岩が多く大人は楽しめるが、子供はちょっと危険。
近くに何も無い。トイレも無い。

大きな地図で見る

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2008年9月11日 (木)

練習試合

昨日、BSと練習試合に、K中に行ってきた。

こちらは男性3人、女性5人だったので、MYを男性としてチーム分けを行う。
私・MY・TK・IN、KS・ST・KM・HMとなった。

1セット終わったところで組合せを変えるかと思ったら、先に終わっていた向こうのコートが既に試合を開始していた。
じゃあ仕方ないと言うことで、組合せを変更することなく3セット行った。
で、3連敗。

ここでチームを再編する。
私・ST・TK・HM、KS・MY・KM・IN。

私は先程までと同じチームと対戦。
また組合せを変更することなく3セット。
今度は2勝1敗。
更に時間が許す限りやって、優勢で終了。

もう少し、良い展開が出来るはずなのに、どうも上手く回っていない。
日曜日は大会だと言うのに。
いったい何が問題なのだろう。

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2008年9月10日 (水)

次男の前世

もうすぐ3歳になる次男に質問をしてみた。

私 :雷より怖いものある?
次男:あるよ
私 :なに?
次男:わかんない
私 :ドーンってなったの?
次男:うん。飛行機がドーンしたの。

以下、聞き出せた点。
・飛行機を操縦していた。
・何度か(5回?)飛んでいる。
・木がいっぱいあった。建物は無かった。海のときは雨が降ってた。
・船から打たれて、飛行機が錐揉みしながら落っこちた。
・5番の車に乗って家(病院)に向った。
・車に乗って止まっているとき、飛行機(ミサイル)が頭上を通過し、遠くに落ちた。
・家は遠くにある。

ざっとこんな感じ。
どうやら前世はどこかの空軍に所属していたらしい。
最初1つの場面かと思って話をしていたが、矛盾している点が多く、確認しようとするときっぱり「違う」と否定された。
いくつかの場面が混ざっていたらしく、本人も判別出来ない部分があるようだ。

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2008年9月 8日 (月)

義父の死

8月24日

前夜からの雨が勢いを増して降り続いていた。
遊びに来ていた義姉が帰る予定になっていた。
午後からソフトバレーの練習があるので、それに併せて駅まで送ることになった。
入院中の義父に挨拶するため、病院に行った。
「雨が強いから帰るの延期する?」などと冗談を言いながら家を出た。

その後、ファミレスで昼食を取り、義姉を駅まで送ると、ソフトバレーの練習に向かった。
練習後、一旦家に戻り着替えると、夕食を食べに出かけた。

外食から帰って、子供と入った風呂から上がった8時半ごろに電話が鳴った。
病院から「義父の様態がおかしいのですぐ来てほしい」と言うものだった。

急ぎ子供たちを連れて、車で病院へ向かった。
子供たちに病室で騒がれても困るので、妻に様子を見に行ってもらうことにした。
私は車の中で、子供たちにおじいちゃんが死んでしまうかもしれないことを告げた。
4歳の長男は少し神妙な顔をしていたが、2歳の次男には何のことか分からないようだった。

しばらくすると妻から携帯に連絡が入った。
もう冷たくなっているとのことだった。
子供たちに「おじいちゃん死んじゃったって」と言うと、長男が泣き出した。
「会いに来てほしかったのに」と言って泣いていた。
少し落ち着くのを待って、病室へ向かった。
守衛さんが泣いている長男に「機嫌悪いのかい?泣いてておかしいな」と話しかけてくれたが、私は「いいんだよ」と言って長男の頭をなでてやった。

病室に着くと義父はベッドの上に横たわっていた。
長男がまた声を出して泣き出した。
つられて私も少し泣いた。
横で妻が声を殺して泣いていた。
次男は良く分からないまま、妻を慰めていた。

介護師の話では、「夕食を普段通り食べた後、普通に会話していたが、1時間ほどしてオムツの交換に行ったところ、息をしていなかった。」とのことだった。
最期を誰も看ていなかったようだが、1時間の間に急変し、ナースコールを押すことも無かったのだから、それ程苦しまなかったのだろうと、それだけは少し安堵した。

冷たくなった義父と家に帰った。
区切りがついたのか、長男はもう泣くことは無かった。

日中、義父に会ったときに「今の家は…、大阪のマンションは…」と遺産がらみの話をしていたらしい。
「一通り整理して、安心しちゃったのかね」と妻と話した。

翌朝、義姉一家が大阪から来てくれた。
前日に新幹線で大阪へ帰り、早朝に車で静岡まで来るということになってしまったが、駆けつけてくれた。

義兄が仕事で通夜に出られないのと、義父の家に私が住んでいる関係で、私が喪主を務めることになった。

収骨の際に抱っこされている次男が、「みんなで わらうんだWaッ」と私の耳元で小声で歌いだした。
滲み出る涙を堪えて、抱きしめた。

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鎖骨骨折

8月23日

大阪の義姉が木曜日から遊びに来ていたので、ソフトバレーの練習には私だけが参加した。

その練習中に、長男が遊んで走り回っている最中に転んで、肩を痛めたらしかった。
家に着くと、長男の様子を確認すべく寝室へ向かうと長男はぐっすりと眠っていた。

妻が言うには、転んだ状況は誰も見ておらず、泣き出したので見てみると右肩を痛がっていた。
腕を上げてと言っても、肘から下しか動かそうとせず、無理に動かすと痛がるとのことだった。

パジャマの前ボタンを外して、肩の様子を見る。
特に腫れてはいない。
腕を広げてみても痛がるそぶりは見せない。
おそらく肩の亜脱臼だろう判断。
中学の頃に転んで鎖骨を折った友人がいたので、その筋も消せない。
どちらにせよ、明日の朝になっても痛がるようなら病院に連れて行くことにした。

夜中の1時ごろに突然長男が泣き出した。
寝返りを打って痛くなったのだろう。
妻には休んでおいてもらいたかったので、私が病院に連れて行くことにした。

雨の中、近くの総合病院に車を走らせた。
緊急外来に行くと先客が2組待っていた。
どうやら、交通事故の被害者と加害者らしい。
被害者2人、加害者1人のレントゲン撮影が終わるのを、子供の気を適当に紛らわしながら待ってた。
ようやく順番が回って来た頃には、3時を回っていた。
レントゲン技師が高校の後輩だった。

結局、右鎖骨を骨折していたが、幸い折れた部位はずれていなかった。
鎖骨なので固定することが出来ないため、ベルトで強制するだけになった。

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